読者の住んでいる街を思い出してほしい。
近所の、歩いて行けるほどの距離にSEが数軒はあるのではないだろうか。
SEは現在、都市部の住宅街、繁華街では商圏を半径500メートル程度としている。
ただ、河川や鉄道、大きな道路などで生活圏が分かれていれば、直線距離で100メートルでも出店している。
これだけの距離のなかに別のSEがあるとなれば、利用者には、1軒目の店に商品がなくても、次のSEに行けば商品は十中八、九、手に入れることができるだろう。
これほど集中して店舗展開している地域で、他のチェーンが、立地条件の良いところばかりに、しかもドミナント効果を得られるほどの多くの店舗数を新規に確保するのは困難な作業だ。
当時の日本の流通の世界は、中間卸がいくつも存在する複雑な構造が主流で、日米経済摩擦で日本参入を図る米国企業から「ブラックボックス」とまでいわれるほどだった。
ドミナント戦略は、まさにその「ブラックボックス」に風穴を開けるような試みだったので、立ち上がりまでのSらの作業も困難を極めたものだった。
日本では、問屋や配送までカバーするメーカーをベンダーと呼んでいる。
1974年、SEが1号店を開いた当時、ドミナント出店を理解できるベンダーは、日本には存在しなかった。
高度経済成長の末期でもある当時までは、大量生産、大量販売が全盛で、メーカーが独自に商品開発した商品を系列の問屋などにどんどん卸し、問屋がそれを小売店に流すという仕組みだった。
人気の出ない商品でも問屋がメーカーの決算対策のために余分に買い込んだり、メーカーが小売店に販売促進費などを投入して、売れ行き不振を支えるなど、圧倒的にメーカー主導の物流システムだった。
その多くは「特約店制度」などと呼ばれ、現在でも多くの商品分野で依然として機能しているのでご存じの方も多いはずだ。
こうしたシステムのため、卸しの段階でも、強いメーカーからの仕入れを担当するのは経験と地位のある営業マンで、逆に小売店へのセールスは、だれでも勤まるものとして若い営業マンが割り当てられていた。
ここでは、メーカーという上流側から、末端小売りのこのため、たとえば売れ行きのいい商品が、問屋段階で長期間欠品となったり、売れない商品が倉庫に山積みになりがちだった。
ただ、高度経済成長が終わるまでは、つねに消費財は品不足傾向にあったので、こうした問題はあまり表面化せず、業界関係者も「供給側主導」という慣習になれ切って、それが自然な物の流れと見ていたのである。
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